豆柴屋

日々のつれづれを書いています。本業の話も少し。

1月上旬の記録(1月3日~14日)

1月3日 明治神宮で初詣。いい年になるといいな。

1月4日 仕事始め。年末年始の溜まった仕事をひたすら捌く。夜は友人達と新年会。

1月5日~6日 当直バイト。まさかのほぼ完封。最近は楽させてもらってるなあ・・・。

1月7日~8日 仕事しながら、研究会の予演を必死で仕上げる。なんで年末年始にやらなかった・・・。

1月9日 予演終わり。ひたすら点滴確保する当番。睡眠不足で外しまくるかと思われたがかなり良い命中率。

1月10日 病棟&外来。

1月11日 新年会2発目。

1月12日 病棟当番。比較的落ち着いていた。溜まってた仕事を少しだけこなす。

1月13日 後楽園でボウリング、新宿で一人飲み。

1月14日 1日自宅で金勘定のことを考える。税理士さんと会うことになった。

ZOZO前澤社長へのリツイート、2回目はためらった理由

https://twitter.com/yousuck2020/status/1084298034870026240?s=20

 

ZOZOTOWN社長の前澤さんが、自分のツイートをリツイートしてくれた人達から100人に100万円をプレゼントするという企画がありました。

賛否両論はありましたが、それも含めて大きな話題となり、前澤社長やZOZOTOWN知名度も大幅に上がり、宣伝としては成功の部類に入ったのではないでしょうか。

僕自身も欲に負けてついリツイートしちゃいました。外れましたけど(涙)。

 

それを味を占めて、ではないでしょうが、第2弾として早くも上のようなキャンペーンを前澤さんが始めました。

さっき(14日午後11時時点)ツイートを見直してみると、すでに47.3万人がリツイートしてるので、500万円近くがこの心臓病の患者さんに寄付されるようです。

 

ただ、すれっからしの医者の端くれとしては、このリツイートには素直に応じることができないなあ、という意見です。

これは、決してこの心臓病の患者さんやその救う会の活動を非難しているわけではなくで、「医師として、その子だけに肩入れするわけにはいかない」という気持ちが根底にあるからです。

 

臓器移植法が改正されて、小児においても心臓移植が国内でも徐々に行われるようにはなりましたが、まだまだ移植を待つ患者さんの数に比べると微々たるものです。

移植件数の多い海外で移植待機をするためには、健康保険の適応は難しく、億単位のお金が必要になってくると聞きます。

いつ訪れるかもわからない移植の日まで、心不全をやわらげる薬や、ときには人工心臓を体内に埋め込んで、合併症のリスクを抱えながら過ごさなければならないわけです。

海外で移植を行うということは、その国の移植待機リストに載せてもらうところから始まり、「本来は先に移植されるはずだった患者さんに割り込んでいる」という言い方は必ずしも正しくはないかもしれません。

この患者さんに限らず、「〇〇ちゃんを救う会」の活動にこういう批判がよく起きがちですが、あまり不用意にこういう批判はしない方がいいんじゃないかと思います。

最近は割とコンプライアンスがしっかりしてきているようなので。

 

多額の資産だけでなく、ソーシャルメディアで大きな発信力をもつに至った前澤さんが、たまたまこの患者さんのニュースを目にして支援することを決めたというのは、患者さんにとっては幸運なことだったでしょう。

一方で、日本国内にはこの患者さんだけではない、明日をもしれぬ気持ちで移植の順番を待っている人、いろんな事情や信条で海外渡航を断念して、国内での移植に希望をつないでいる人が少なからずいる現実もあることを知っておいていただけるといいな、と思います。

 

「医師として、募金につながる行動はしない」のが僕の意見ですが、「医師であったらこの手の募金に手を出すべきではない!」と断言する気はありません。

「医師として、目の前の患者さん、たまたまニュースやネットで目にした患者さんが救いを求めているのなら、それがどんな形であれ支援する!!」!というスタンスの人がいてもいいと思います。

 

前澤さんにしても、一人の患者さんだけを支援することにしたのは、ちょっと不用意だたかもな、という気がしなくもありません。

ただ、担ぎ出した神輿は最後まで担いでほしいし、臓器移植がキレイゴトばっかりで成り立ってるわけじゃないんだぜ、というのを世間で話題にしてくれたら、これはこれでインフルエンサーとしてはgood jobといえるかもしれません。

これをきっかけに前澤さんが次にどんなことを仕掛けるんだろう、と興味津々で成り行きを眺めているところです。

新年会

三が日が終わって1月4日は今年初めの通常業務。

年末年始で溜まっていた相談ごとを、職場の内外の人達に送ったり送られたりして、年始らしい忙しさだった。

 

それでも大して残業することもなく、19時過ぎには同級生との新年会に参加することができた。

メンバーの大半は結婚して、子どものいる家庭もあるけど、年に2回ぐらい集まれてるのはいいことである。

3軒ぐらいはしごして、締めのラーメンを食べたところで0時前に解散。

翌日は遠出のアルバイトなので、そのまま行きつけのカプセルホテルに宿泊。

ニューイヤーライブ

初夢は結局何だったのか思い出せず。

ここ数年は元日の夜に「覚えておくぞ」と思って床に就いているが、本質はあんまり興味ないのかもしれない。

 

日中は妹と2人で家電と家具を買いに行った。

池袋のニトリヤマダ電機で引っ越しに先立って大きな買い物をいくつかした。

最初はインテリアが好みな無印良品でもいいかな、と考えていたが、ニトリの価格とバリエーションが優秀で、そちらでそろえることになった。さすがはお値段以上。

 

夕方からはブルーノート東京で、妹の誕生日祝いも兼ねたニューイヤーライブを家族で見に行った。と言っても父は急遽風邪を引いてしまい来れなかったが。

つい先日も観に行ったライブハウスだが、今日は真正面からの席で非常によい眺めであった。肝心のライブも言うことなし。

結構値段は張ったけど、たまにはこういう贅沢もメリハリをつけてやってみたいね。

 

今日は早めに21時ごろに就寝。9時間睡眠できるか。

仕事始め2019

1月1日は病棟の当番。

なので大晦日は早々に実家から自宅に戻り、年越しは一人で過ごした。

紅白もガキ使も1分たりとも見なかった年末は初めてかもしれない。

年越しそばは緑のたぬきで済まそうとコンビニに向かったら、同じことを考える独り者が多かったのか売り切れていた。他のかき揚げそばで代用して新年を迎えた。

年越しの直後にテレビで緊急速報のアラートが鳴ったので何事かと思ったら、新しい元号の公表を4月1日にするというニュースだった。

元号公表ももう少し早くしてくれたら、カレンダーやITの業界も苦労しないで済んだんじゃないかな、とも思う一方、山手線新駅の高輪ゲートウェイみたいに、早めに公表して変なケチが付いたらそれはそれで面倒なのかもしれない。

ただ、公文書なんかで元号を使っていくのはだんだん不便になっていくんだろうな。西暦以外の日本独自の暦は残しておきたいとは思うけれど。

 

元日は病棟も外来も落ち着いていた・・・と思いきや、夜も更けたころから相談が立て込み、結局日付を超えてから帰宅。

症例発表の準備をもう少し進めるべきだったが、中々思うようにいかない。明日以降は用事が立て続けにあるけど大丈夫かな。

 

新年の抱負はいろいろあるけど、健康面ではBMI 22を目指して減量する(筋トレとかランニングとか)のと、睡眠時間を意識して取る(平日7時間、休日9時間)こと、仕事面では、自分に降りかかってる案件を論文化する(5本ぐらい)、間に合えば専門医試験の準備をする、大学院に行くにあたって何をしたいかを明確にすることだろうか。

あとは結婚か。

 

毎年同じようなことを言ってるが、去年達成できたことも少しはあるので、前進はしているのだ。